ノルウェーにおけるLGBTの就労をめぐる状況

菅野 淑子(北海道教育大学札幌校教授)

  1. 概要
  2. 行動計画の策定
  3. 差別禁止法
  4. オンブズマン制度

1. 概要

ノルウェーはさまざまな観点からの平等性に関して優れた感覚を持つ国である。性別に関する平等性に関しては、世界的にみても早い時期から取り組みが進められた。1978年には「性差別禁止法(Likestillingsloven)」が制定され、初の女性首相は1981年に誕生している(注1)。その他の観点における平等についても、2013年に性別以外の領域における差別を禁止する法律「民族、宗教、信条に基づく差別禁止法(Discrimineringsloven om etnisltet)」が制定された。

しかし、レズビアン及びゲイの権利保障についての対応は、それほど早かったわけではなく、現在も法整備、環境整備が続いている。1972年に刑法の213条による同性間の性行為禁止規定が廃止されたのちは(注2)、社会的なパートナーとしての地位を同性カップルに認める登録パートナーシップ法(Lov om registrert partnerskap)が1993年に制定され、2002年にはパートナー登録した同性カップルの養子縁組が法的に認められるようになった。その後、2004年には住宅法(Husleieloven)の差別禁止条項(§1-8)に、「性的指向」、「性自認」、「性別の表現」が加えられた。2008年には婚姻法(ekteskapsloven)が改正された際、レズビアンのカップルは体外受精による子どもを持つ権利が認められ、同性のカップルが養子縁組をすることが可能ともされた(注3)。2016年には、自認する性別への変更を容易にする法律が施行されている(注4)

他方で、労働環境法(Arbeidsmiljøloven)には10年ほど前まで、宗教団体に同性愛の思考を持つ人を雇用しない明白な権利を認める条項が存在した(注5)。しかしその後、政府が対象をレズビアンとゲイからLGBTへと広げ、彼らの生活の質を向上させるための行動計画を策定する動きもあった。

このように、現在もノルウェーではLGBT(注6)のさまざまな生活に関する権利に対応するべく、法的な整備がすすめられている。パートナーシップや婚姻等、同性同士がカップルとして生活するための社会的権利に関してはすでに保障され、家族として子どもをもつことも可能になっているが、移民を広く受け入れているために人種と宗教が異なる人々が混在している中で、さらにLGBTという要素を権利保障の1カテゴリーとして加え、統合していくことは非常に難しい作業であるといえる。

2. 行動計画の策定

2008年に子ども・若者・家族省(Barne-, ungdoms- og familiedirektoratet)によって、LGBTの人々のための第一次行動計画が策定された(注7)。これは2009年から2012年までの4年を対象期間とするものである。2011年には国立LGBT知識センターが設立され、行動計画実施の中心的役割を担っている。

第一次行動計画は、もともと、ヤン・ストルテンベルグ第1次及び第2次内閣によるソリア・モリア宣言(注8)の中で「政府は、ゲイ及びレズビアンの権利を守り、彼らの生活を広く支援し、差別に対し積極的に対抗していく」と述べられたことに基づいており、その目標は、LGBTであるために、さまざまな生活場面、社会状況、労働生活において被る差別をなくすこと、及びLGBTの人々にとってのよりよい生活条件と生活の質を高めること、の2点である。

第一次行動計画の具体的施策は64項目設定されている。以下でその一部を抜粋すると、調査研究に関しては、ノルウェー統計局の生活状況調査に性自認に関する質問を含めること(施策1)、職場においてLGBTの人々がどのように受け入れられているかを調査すること(施策4)、サーミ民族(注9)のなかでLGBTがどのように生活しているか調査すること(施策5)、学校と教育に関しては、いじめに対し、継続的に全国で対策していくこと(施策11)、子どもと家族政策に関しては、若いLGBTの人々に対する暴力をなくすこと(施策18)、LGBTである単身の少数移民のための対応をすすめること(施策19)、強制的な結婚に対する対応をすすめること(施策20)、労働生活に関しては、労働生活におけるLGBTの人々に対するいじめや差別的な態度を無くしていくこと(施策29)、政府による労働政策について性指向を視野に入れるよう見直していくこと(施策32)、サーミ及び少数民族については先に挙げた施策5を前提に、サーミ議会と平等及び反差別オンブッド(LDO)が協力してサーミコミュニティの中での差別をなくす努力をすること(施策40)、健康とケアに関する同等なサービスに関しては、LGBTの人々によるドラッグやアルコールの使用について関心を高めること(施策48)、法的地位等については、LGBT視点及びヘイト・クライムという見地に立った研修を行う(施策56)、ヘイト・バイオレンスに関する調査を行う(施策57)、国際社会の中でノルウェーが性的少数派への差別をなくしていくことに関して、「性的な権利」という概念を国際的に受容するよう働きかけていくこと(施策63)、国際的にLGBTの人々に対する差別をなくすよう働きかけていくこと(施策64)等があげられている。

もともと少数民族を抱え、近年では海外からの難民受け入れに寛大であるために、さまざまな差別や偏見に対応してきているノルウェーであるが、さらにLGBTの人々への差別や偏見にも対応しようとする行動計画である。少数派であるサーミ、あるいは移民の中のLGBTにも配慮する内容となっている(注10)

3. 差別禁止法

「ノルウェーは、欧州の中でも一番LGBTが働きやすい国である」との調査結果が報告されている(注11)。欧州43カ国の調査を行なった結果、職業に関する要素、たとえば失業率や月収のうちの可処分所得といった観点からだけでなく、性差別禁止法制、労働政策、住居の確保に関する公正さ等の観点からみて、ノルウェーが総合的に一番働きやすい国であると判断した。失業率が低く、可処分所得は高く、強力な差別禁止法があり、LGBTにとって非常に寛大であることが理由であるという。

ノルウェーにはすでに複数の差別禁止法が存在していたが、2017年に、包括的な差別禁止法(likestillings- og diskrimineringsloven)が制定された(2018年施行)。同法は、性別、妊娠、出産または養子縁組による休業、介護責任、人種、宗教、信条、障害、性的指向、性自認、性別の表現、年齢、もしくはこれらの要因の複合的なものに基づく差別が禁止されている(第6条)。同条を含む章は第2章(差別の禁止)であり、第6条から第16条までが含まれている。第7条は直接差別の定義、第8条は間接差別の定義、第9条は合法的な差別取扱いについて、第10条は妊娠、出産または授乳、及び出産または養子縁組に関する休業にもとづく合法的な差別取扱いについて、第11条は許容される積極的差別取扱いについて、第12条はユニバーサルデザインの使用もしくは個別の便宜供与の義務の不履行、第13条はハラスメントの禁止、第14条は報復の禁止、第15条は差別、ハラスメント、または報復を教唆することの禁止、第16条は差別、ハラスメント、報復または教唆に協力することの禁止、が定められている。

そして、この第2章で禁止されている事項は雇用関係におけるあらゆる面にも適用される(第29条)。あらゆる面とは、a)地位に関する通知、b)採用、査定及び昇進、c)訓練及び技能の開発、d)給与及び労働条件、e)雇止め、を含むとされる。また、採用段階の面接等を含む期間に、使用者は応募者のa)妊娠しているか、または子どもを持つか養子縁組をする計画があるかどうか、b)宗教または信条、c)人種、d)障害、e) 性的指向、性自認、性別の表現、についての情報を収集してはいけないことになっている(第30条)(注12)

以上のように、この新しい差別禁止法は、さまざまな差別の対象となりうる要因すべてに対応しており、その中に性的指向、性自認、性別の表現も含まれているため、LGBTの人々も同法の適用対象となっている。特に職場においても採用段階から査定や昇進、職業訓練、給与や労働条件等で差別やハラスメントが禁止されており、LGBTであるからといって、不利益に扱われないような法律上の配慮がなされている。

4. オンブズマン制度

オンブズマン制度は1809年にスウェーデンで最初に導入された。ノルウェーでは1952年に防衛に関するオンブズマン制度が導入され、これがうまく機能したために、1963年には議会行政オンブズマン制度が導入された。その後、70年代から80年代にかけて、消費者オンブズマン、男女平等オンブズマン、子どもオンブズマンと、分野ごとにオンブズマン制度が成立していった(注13)。現在はこれらに、患者オンブズマン、学生オンブズマンも加わった。

男女平等オンブズマンは、現在では平等と反差別オンブズマン(Likestillings- og diskrimineringsombudet:LOD)となり、性差別以外のあらゆる差別事案についても対応する(注14)。したがって、LGBTの人々に対する差別事案についての申し立ても受けることになっている。LODのウェブサイトには相談事案とその解決までの顛末について、ケース毎に詳細な記述がある。LGBTの相談事案も2017年から2018年現在までで12件の紹介がある(注15)

そのうちの1つは、2014年春にあるブティックでのパートタイムの仕事に応募した女性が、採用面接において同性のパートナーと同居していること等、自分の性的指向に触れる質問をされたというもので、オンブズマンにより、これは当時の性的指向による差別禁止法(diskrimineringsloven om seksuell orientering(注16))5条に違反するものであると判断されている(注17)

LGBTの人々の職場における差別やハラスメントを受けたとの訴えがどれくらいあるのか、実数で捉えることは困難であった。また、平等と反差別オンブズマンに相談する以外にも、苦情の受け皿はあるようである(注18)。しかし、世界の多くの国々にもLGBTの人々が差別を受けてきた歴史があり、ノルウェーも例外ではない(注19)。今後もノルウェーの取り組みは日本にとって参考になるだろう。

プロフィール

写真:菅野淑子氏

菅野 淑子(かんの・としこ)

北海道教育大学札幌校教授。最近の主な著作に「不利益取扱いとハラスメントをめぐる紛争解決」(季刊労働法260号、2018年)、「妊娠・出産・育児をめぐる法理論的検討」(「ジェンダー法研究」第2号、信山社、2015年)、「日本の育児休業法―育児介護休業法制定過程にみる理念の変容」(旬報社『社会法の再構築』2011年)、などがある。労働法の中でも男女雇用機会均等法、育児介護休業法を中心に研究をすすめている。2002年、及び2005年~2006年にノルウェー政府奨学金等を受け、ノルウェー・オスロ大学で客員研究員としてノルウェーの雇用平等法や労働環境法について研究した経歴をもつ。

2018年4月 フォーカス: ノルウェーにおけるLGBTの就労をめぐる状況

  • ノルウェーにおけるLGBTの就労をめぐる状況

2017年11月 フォーカス: カナダとデンマークのLGBTの就労をめぐる状況

2017年4月 フォーカス: 欧米諸国のLGBTの就労をめぐる状況

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