金融危機がもたらす影響と対応:ILO
金融危機でILOとOECDが連携強化
—ILO理事会でOECD事務局長が演説

国際労働機関(ILO)は11月6日~21日、スイス・ジュネーブ本部で第303回理事会を開催し、金融危機の雇用への影響を緊急審議した。理事会では経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長が特別ゲストとして演説した。労働市場対策と社会政策で重要性が増していると強調し、両機関の連携強化を訴え、政労使代表の共感を得た。理事会は、雇用・労働・社会分野の影響や政策対応オプションに関する「たたき台(ルームペーパー)」に基づき活発な議論を展開し、経済危機への対応策の中核に、政労使の社会対話に基づいたディーセントワークの推進を位置づける方向で合意した。

ILO事務局長、10項目の対応策を提示

今理事会で三選が決議されたソマビアILO事務局長は冒頭で、金融危機による深刻な社会・経済的影響を踏まえ、食糧費・燃料費の高騰による貧困の拡大により、インフォーマル経済で働く労働者が増え、住宅、年金、失業給付や医療へのアクセスにいて将来不安を抱く世帯が増加することに懸念を表明した。そのうえで、「内外のガバナンスに対する人々の信頼回復が急務だ」とし、11月14、15日の両日にワシントンで開催されたG20首脳会議(金融サミット)の声明を歓迎するとともに、「金融、貿易、社会、労働、企業、環境政策の整合性が不可欠だ」と主張した。また、金融危機の克服におけるディーセントワークの役割を強調したうえで、「実体経済を刺激する政策パッケージがあらゆる人々に届くようにするのが優先課題だ」と訴え、対処策を審議するための「たたき台(ルームペーパー)」を提示した。

ルームペーパーは、(1)各地域の危機の影響に関する概観(暫定報告)(2)各国政府の対応策の事例(3)危機後のILOの対応 (4)各国政府が検討すべき政策対応オプションのアウトライン(4)グローバルガバナンス体制への課題(6)今後のILOの対応(注1)――により構成されている。このうち政策対応オプション(以下、対応策と略す)は10項目で、対象分野は多岐に及んでいる。また、今年6月に開催された第97回ILO総会が採択した「公正なグローバル化のための社会正義に関する宣言」(注2)を対応策の土台に据え、他の多国間機関との連携や社会対話を推進する。掲げられた10項目の概略は以下のとおりだ。

  1. 想定される雇用・社会状況及び現在講じられている政策パッケージの影響に関する評価、ならびに雇用や社会的保護拡大に向けたマクロ政策の調整
  2. 積極的・消極的労働市場政策の実施(失業保険給付の適用範囲拡大や適切な解雇手当の確保、障害者に焦点を当てた措置)
  3. 中小企業を中心とした企業支援提供(新たな資金ラインの提供、減税、訓練・雇用助成金、公的インフラ投資、失業者に対する起業支援、CSR推進企業の再編成に向けた社会対話の強化)
  4. インフォーマル雇用従事者、農業従事者、女性、若年、高齢者など脆弱層に焦点を絞ったプログラムの導入(社会保障給付・社会扶助給付へのアクセスの維持・拡大、社会保障制度の適用対象外の失業者への所得支援、危機がもたらす貧困の増大を抑制する公的社会移転の緊急パッケージ等)
  5. 団体交渉権の効果的承認をはじめ、関連する国際労働基準の総動員
  6. 児童労働の活用防止
  7. 社会パートナーの能力向上に向けた訓練の提供
  8. 各国、地域、グローバルレベルでの産業別社会対話の強化、ならびに最も打撃の大きい産業に関する状況監視・対応
  9. 移民労働者とその家族の保護
  10. 社会保障基金の財務状況への対応、ならびに連帯に基づく社会保障制度の実施

政策の整合性確保に向け多国間機関へ関与

次にグローバルガバナンスへの課題としてルームペーパーは、貿易の自由化、ODA、環境保護、ディーセントワークなど相関性の強い政策課題の整合性確保や調整に向けた国際制度改革の必要性を掲げている。この実現のためILOは、堅実かつバランスのとれた国際政策枠組みの構築に向け、国連システムのみならずブレトンウッズ機関、世界貿易機関(WTO)、OECDなどの多国間機関への関与を深め、仕事の世界と実体経済の分野での役割を強化する。ソマビアILO事務局長は、「危機が労働・社会分野に及ぼす影響に対処するためにILOの活動を拡大し、その過程でILOの政労使パートナーを支援するとともに、G20や国際金融機関を含めて、多国間機関と連携する」と強い意欲を示した。

2009年上半期までのILOの対応策としては、(1)世界全地域における雇用・労働・社会分野への影響に関する継続的モニタリング(2)ILO専門家の迅速な分析・助言(社会保障や失業保険、あるいは雇用保護制度の拡大や年金、インフォーマルセクターへの基礎的支援制度等に関する緊急措置の財政コスト・設計、各政府の景気対策パッケージの雇用への影響、代替的な雇用支援措置の評価、不安定な財政状況下での社会保障基金の運営、若年雇用活性化緊急措置、中小企業の雇用活性化措置、緊急訓練・再訓練プログラムのコスト・設計、打撃が深刻な国への技術支援、各国政府が講じる措置の全体的な整合性などの分野)(3)支援策に関する各国政労使対話の支援(4)経験、手法、実例の共有および政労使への支援(5)ディーセントワーク国別プログラムを通じ他危機対応策の提示(6)各種会議、セミナー、ワークショップに危機の影響に関するレビューを盛り込む調整――などを掲げた。

新たな協力関係を構築

今理事会で特別ゲストとして演説に立ったOECDグリア事務総長はまず、11月にワシントンで開催されたG20金融サミットの成果を、「世界経済の再構築に向けた国際協調への土台を提供するもの」として評価した。そのうえで、ルームペーパーが提示した政策措置への支持を表明するとともに、G20サミットでの合意を受け、ILOとOECDの連携強化の必要性を訴えた。同氏はまた、金融危機により労働市場と社会政策分野における両機関の活動の重要性が増しているとの認識に立ち、「多国間機関が業務や協力提供形態の調整だけでなく、政策提携を築く必要性がある」として、連携内容の深化に意欲を示した。労働組合諮問会議(OECD-TUAC)のジョン・エヴァンス事務局長も、ILOやOECDの各種報告書で明らかになっている格差の拡大に言及し、賃金や社会給付水準の低下や労働者の権利侵害を防ぐ必要性を再確認したうで、ILOとOECDとの新たな協力関係構築を支持。具体的には、1961年に交わされたOECD・ILO覚書(MOU)について、(1)OECD開発援助委員会(DAC)の勧告を通じたディーセントワークの推進(2)OECD現加盟国および新規加盟検討国における団結権の尊重(3)OECD多国籍企業ガイドラインをはじめとする各種ツールの効果的な適用――などの見直しを提案した。

ソマビアILO事務局長は「OECDの経済産業諮問委員会(BIAC)とTUACとの協力関係は、数ある国際機関のなかでILOとOECDとが基本的に最も近い関係にあることを象徴している」などと述べ、両機関の連携に積極的な姿勢を明らかにした。

OECD事務総長、二本立ての危機対処策

さらにグリアOECD事務総長は、「この分野での成功や失敗は、世界中の人々の生活に影響を及ぼすだけでなく、世界の人々が求める危機後の世界金融・経済アーキテクチャーを決定づけるものだ」と訴え、OECDの分析や対応策にも言及した。OECD経済予測(注3)によれば、OECD諸国の平均失業率は2007年の5.6%から2010年には7.2%に上昇し、失業者数が約800万人増加する見通しだ。これを踏まえグリア事務総長は、「今回の危機は、若年者や高齢者などすでに求職や就業の継続が困難な脆弱なグループに最も深刻な影響を及ぼしている。我々は、経済的にも、社会的にも、そして環境面でも持続可能な成長に向けて、グローバル経済を軌道修正していかなければならない」と訴えた。

また、とりわけ失業率の上昇に伴って貧困や格差が拡大するおそれや、税・各種拠出金の減少が社会保障制度を逼迫する可能性があることに懸念を示し、「最も脆弱な層の一層の転落を防ぐために、時限的政策介入と長期的な労働市場展望の改善を両軸で進めていかなければならない」と解説し、OECDが二本立ての危機対応策を検討中であると報告した。一つは、税制の透明性やコーポレートガバナンスを含む金融部門の規制やインセンティブへの取り組みだ。もう一つは持続可能な成長にむけた基礎条件の改善で、環境対策や景気刺激策、イノベーションや人的資源投資などが対象となる。後者についてグリア事務総長は、OECDが最近公表した格差報告書(注4)に言及し、「大半のOECD諸国にはソーシャルセーフティネットが存在するが、危機による格差拡大傾向の深刻化に鑑みると、十分なものかが論点だ」との懸念を示した。さらに、各国政府が講じる各種措置の方向性について、「緊急措置としてアドホックに講じるものは、焦点を絞った時限的なものであると同時に、長期的な構造改革と一貫性のあるものでなければならない」と主張。引き続き人口高齢化や良質な医療・教育・社会サービスの提供といった課題への取り組みを求め、『OECD雇用戦略再評価』(注5)が示したガイドラインの有効性を再確認するとともに、2009年の雇用アウトルックで追加的な分析を盛り込む方向を明らかにした。

政労使代表、共同で特別声明を公表

他方、理事会議長及び労働側・使用者側副議長は共同で、「金融・経済危機に関する特別声明」を公表し、「グローバル経済の低迷を最低限に抑え、想定されるマイナスの社会的影響に対処し、迅速な回復を実現する包括的かつ調整された措置を構築する必要がある」との認識で一致した。声明では、様々な対応策が掲げられた。一つは、消費、貿易、投資を促す資金の流れを確保すること。二つ目は、社会的保護や失業給付の拡大や、訓練・再訓練および求職支援サービスの充実化を含め、最も脆弱な人々への保護を拡充すること。三つ目は、雇用を最大化しディーセントワークを推進するために、生産的で持続可能な企業や強い社会経済、効率的な公的セクターを支援する。四つ目は、現在の危機によって社会の発展が阻害されないようにすること。五つは、各国が危機に対処するための措置を実施する支援をするために、ILOと政労使三者代表のみならず、ILOと多国間機関との強い連携を構築する。六つ目は、低所得国の危機による影響を和らげる支援をするため、最低限現行レベルの開発支援を維持するか、追加資金ラインを提供する。

このほか審議では、労使代表それぞれの立場から多彩なコメントも寄せられた。使用者代表グループからはダニエル・フネス・デ・リオハ使用者側副議長が、ILOに対し、「雇用を維持し、広範なネットワークの活用により労働者や企業を支援し、各加盟国が危機を早急に克服する生産的なニッチを見出すような国際制度の『赤十字』としての機能を期待する」と要請した。また、今回の危機が民間企業やキャピタリズム、グローバル化の終焉を意味するものでないことを再確認するとともに、中小企業や労働者にとって自由貿易や経済の安定性が不可欠であるとし、各国による過度な再規制を回避する必要を訴えた。

一方、ロイ・トロットマン労働者側副議長は、労働者グループを代表し、現在の経済危機はネオリベラリズムといわゆるワシントンコンセンサスに起因するものと指摘したうえで、景気対策の柱として、低・中所得世帯に向けた刺激策や、インフラプロジェクトによる雇用創出、ワーキング・プアへの社会的保護拡大、ILO及び国連環境計画(UNEP)による「グリーン・ニュー・ディール」政策への支援などを掲げた。また、賃金上昇率が多くの諸国でGDP成長率を下回っている現状を踏まえ、「危機からの回復には総需要を左右する賃金水準の見直し――最低水準を設定し、賃金主導による回復を促すこと――が必要だ」との見解を示した。具体的には、産業別、グローバルレベルで調整された強い団体交渉制度の再構築や最低賃金制度の見直しに向けた努力を喚起したほか、生活賃金保障の必要性にも言及し、ルームペーパーが示した対応策のうち賃金に関する措置を再検討し、拡充するよう提案した。

G20のプロセスへ政府・使用者側の関与を

審議の締めくくりにあたりソマビアILO事務局長は、政労使三者の立場や主張の相違を踏まえつつ、「グローバル化は支持するものの、現在のグローバル化ではなく、公平かつ公正で、あらゆる人々が恩恵を得ることができるグローバル化が不可欠だ」と再確認し、「現在のG20のプロセスは金融市場の課題に限られているが、今理事会の審議は、金融対応をこえた対応が求められることを象徴するものだ」と総括した。そのうえで、ILO政労使代表に対し、今回の審議で明らかになった課題をG20のプロセスに反映する取り組みを求め、「労働側は先に開催されたG20金融サミットで、IMF(国際通貨基金)や世界銀行首脳との会合を実現するなどの取り組みをはじめている(注6)。各国労働・社会相や使用者側もこれに類似するものを検討する可能性がある」と提言した。なお、今回の審議に先立ってソマビア事務局長は、「加盟国政労使が危機を切り抜け、回復に向けて準備を整え、G20プロセスを関与する支援を行う」との声明を公表している。

参考資料

  1. 理事会議事録:ILO(2008)GB.303/17, 303rd Session, Geneva, November 2008.
  2. ILO press releases.
  3. OECD press releases.
  4. OECD-TUACウェブサイト新しいウィンドウへ

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